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【画像】牧神の午後

牧神の午後 "L'Après-midi d'un Faune"

ロシア・バレエ団「バレエ・リュス」のバレエ作品であり、
ニジンスキーの初の振付作品。初演は1912年5月29日。


主演、振り付け:ヴァーツラフ・ニジンスキー
衣装デザイン:レオン・バクスト
音楽:クロード・ドビュッシー『牧神の午後への前奏曲』
筋書きはステファヌ・マラルメ『半獣神の午後』(仏:L'Après-midi d'un Faune)から。








*レオン・バクストのデザイン画

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ジャン・コクトー評:
「ニジンスキーは平均以下の背丈しかなかった。精神の点でも、肉体の点でも、彼は職業的歪曲そのものであった。

モンゴル系の彼の顔は、非常に長く非常に太い頸で胴体につながっていた。彼の腿とふくらはぎの筋肉はズボンの布地をピンと張っていて、そのため彼の脚は後方に弓なりに反っているように見えた。彼の手の指は短くて、まるで付け根から切断されているかのようだった。(中略)
にもかかわらず、彼はまさしく正当に観衆の偶像だったのである。彼にあっては、あらゆるものが、遠くに、そして照明のなかで見られるように出来ていたのだ。彼の太すぎる筋肉質の体軀は、ひとたび舞台に登ると、すらりと細くなった。彼の背丈は伸び(彼のかかとは決して床につくことはなかったから)、その両手は彼のしぐさを飾る枝や葉となり、彼の顔は燦然と輝いた。
このような変貌は、それを眼のあたりに見なかった者にはおそらく想像することができないだろう」(朝吹三吉訳「存在困難」『ジャン・コクトー全集 第五巻』東京創元社)
(http://blog.goo.ne.jp/papirow/e/b273a8c3aabb3de4157e2f1780744af5 より)




オーギュスト・ロダン評:
「『バラの精』の最後の跳躍は、あたかも無限の空間へ飛びさるような感じを与える。だが『牧神の午後』におけるニジンスキーを凌ぐほどすばらしくまた賞賛すべき演技を見出すことは不可能である。跳躍もなく、むずかしい技術の見せ場もない。ただ、半ば人間の意識を持つ動物の身ぶりとしぐさがあるだけだ。彼は立ちあがり、身をかがめ、ひざまずき、うずくまり、不意に体を伸ばす。時にはゆっくりと、時にはぴくりと。(中略)肉体のあらゆる部分が、彼の心によぎる動きを表現する」(市川雅「訳者あとがき」『ニジンスキーの手記』現代思潮社)
(http://blog.goo.ne.jp/papirow/e/b273a8c3aabb3de4157e2f1780744af5 より)





ニジンスキーは独自の記譜法で『牧神の午後』の舞踊譜を書きのこした。
彼は、同じ記譜法で彫刻家ルカ・デッラ・ロッビアの浅浮彫(バ・ルリエフ)を譜面にしている。


「私はもっと踊りたかったが、神はもう充分だと言った。‥私は以前は恐ろしいことをした。神を理解していなかったからだ。神を感じていたが、理解していなかった。‥私の感情は大きいので、学ばずとも自然が何であるかを知っている。自然とは生だ。生とは自然だ。猿は自然だ。人間は自然だ。猿は人間の自然ではない。私は人間の姿をした猿ではない。
 私は幸せだ。なぜなら私は愛だから。私は神を愛する。だから自分で自分に向かって微笑む。まわりの人は私が狂うだろうと思っている。私の頭がおかしくなると思っている。ニーチェは頭がおかしくなった。考えたからだ。私は考えない。‥私は神であり、「牛」だ。私はアピス人だ。私はエジプト人だ。私はヒンドゥ教徒だ。私はインド人だ。私は黒人だ。私は中国人だ。私は日本人だ。私は異邦人であり、よそから来た。私は海鳥だ。私は陸鳥だ。私はトルストイの木だ。私はトルストイの根だ。私はトルストイのものだ。
 私は金のない雑誌である。私は雑誌が好きだ。私は生きた雑誌である。‥私は証券取引所で相場を張りたい。私は泥棒になりたい。私は金持ちを殺したい。肉体を殺すのではなく、知性を殺したい。私は知性ではない。私は理性だ。‥私はシェイクスピアの『ハムレット』が嫌いだ。彼は考えるから。私は考えない哲学者である。感じる哲学者である。
 私は知性なんか欲しくない。私は理性的なことを欲する。私は知性的な人たちが好きだ。だから彼らをピストルで殺すつもりはない。私はピストルではない。私は神である。私は愛である。」 
(ニジンスキーの手記)











関連:


◯『牧神の午後』を取り扱った漫画

*山岸凉子『牧神の午後』

夢見る青年には翼を持つ天才が理解できなかった
翼をもった者には腕がない
腕がある者には翼がない
それがこの地上の鉄則なのだ

美しい腕と、白い翼を持つ
この世ならぬものの出現を期待するコクトーのような人間を
ニジンスキーは本能的に避ける

(作中でミハイル・フォーキンのモノローグとして語られる、
ジャン・コクトーとニジンスキーが初会見したエピソード部から)



◯ルカ・デッラ・ロッビアの彫刻

*Cantoria


*Detail of Luca della Robbia's Cantoria


*Monument to Bishop Benozzo Federighi


*Tondo Portrait of a Lady






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